事実は小説よりも樹なり・ハワイ編44
報告・世界のウチナーンチュ会議 4(最終回)
「エイサー・フェスティバル」
(2003'09'28)



エイサー・フェスティバル01
ムラカミ・スタジアムから見た夕焼け

エイサー・フェスティバル02  9月2日夜、ハワイ大学野球場で「エイサー・フェスティバル」が行われた。8月30日から始まった「第1回世界のウチナーンチュ会議」の閉会式を飾るイベントだ。会場となった野球場は、正式には「ムラカミ・スタジアム」という。以前、 このページでも紹介した が、野球の名コーチとして有名だったレス・ムラカミ氏を記念して命名されたものだ。余談だが、そのおかげで、ハワイ留学中に名字を聞かれた際に、聞き返されることはまずなかった。(写真・エイサー・フェスティバルのチラシ)

 さて、「エイサー・フェスティバル」。「エイサー」とは、沖縄のお盆に行われる太鼓を打ち鳴らす踊りのことだ。参加グループは、沖縄から1組と、ハワイから「琉球國祭り太鼓・ハワイ支部」含む2組。更に、あの「りんけんバンド」もコンサートを行う。入場無料ということもあり、会場には開演前から多くの人が集まった。

エイサー・フェスティバル03  午後6時、開演。まずは沖縄のグループからだ。続いて、ハワイのグループ。7時からが「琉球國祭り太鼓」のステージとなる。今回は、旗持ちの手伝いの仕事がなかったので、裏方の控え室テントで荷物番をすることにした。出演者はもちろん、他のスタッフも舞台袖で入出場の指示を出すため、テントには誰もいなくなってしまうのだ。(写真・本番を待つ大太鼓・中太鼓)

 出番が来ると、さっきまでメンバーであふれていたテントは、それまでがウソのように、がらんとして誰もいなくなった。2曲目で獅子舞がステージに登場。会場が盛り上っているのが分かる。時おり、一際観客席が沸くのは、獅子がくるりと転がったときだ。獅子舞の曲が終わり、「久高(くだか)」というエイサーの定番曲になる。ハワイ留学中、メンバーと一緒に練習した曲だ。今まで何度も練習やリハーサルを見てきた。だからステージを見ることは出来なくても、皆がどのように踊っているか、その表情までもが目に浮かんでくる。

 と、そこへ、獅子舞の人達が戻ってきた。空いている机に獅子を置き、「水!水!」と求めてくる。飲むのかと思い、「アイスティーならありますけど・・・」と答えると、「飲みかけのでも良いから水!」と言われる。急いで渡すと、獅子の面に水をピシャッとかけ、柏手を打っていた。それから、自分達自身でも一口飲むと、すぐに衣裳をかえて、またステージへと向かっていった。

エイサー・フェスティバル04  曲目は、前半5曲を終え、6曲目「島人ぬ宝(しまんちゅぬたから)」。昨年の紅白歌合戦でも歌われたBEGINのナンバーだ。実は、今回披露するため、6月頃ハワイのメンバーのうち数人が沖縄まで振り付けを習いに行ったそうだ。たった数日間の練習で全てを覚え、それを戻ったハワイで他のメンバーに伝えていったという。ぼくも好きな曲であるので、思わず一緒に歌を口ずさむ。(写真・本番前、練習する子供達)

 約45分の演舞時間はあっという間に過ぎていき、最後の曲「ミルクムナリ」。1人テントで踊ってみる。所々、覚えがあやふやな所がある。「ミルクムナリ」が終了し、「琉球國祭り太鼓」の演舞は終わり。戻ってきたメンバーに、「Good job!」とねぎらいの言葉をかける。そう声をかけたら、嬉しそうに、満足げに、顔を赤らめながら「ありがとう!」と手を握ってきた。その気持ち良く分かる。演舞を終えた後は、やり遂げた気持ちでいっぱいなのだ。良かったよ、良かったよ、と次々に声をかける。

エイサー・フェスティバル05  続いて「りんけんバンド」のステージ。「琉球國祭り太鼓」のメンバーは最後に演奏予定の3曲で、一緒に踊ることになっている。そのため、またがらんとした控え室テントで荷物番をする。聞こえてくる「りんけんバンド」の曲は、ほとんどが知っている曲ばかり。会場である野球場は、大学の寮からも目と鼻の先だ。寮に住む日本人留学生は、異国の地で、期せずして「りんけんバンド」の歌声が聞こえてきて、さぞびっくりしているだろうな、と思ったりもする。(写真・出演メンバーと一緒に)

 太鼓のメンバーが一緒に踊ったのは、「年中口説(ねんじゅうくどぅち)」という曲だ。生演奏にあわせての演舞。つくづく贅沢だなと思う。練習の時は小型の「パーランクー」と呼ばれる太鼓を使うのと違い、本番は半分以上のメンバーが大きな太鼓を叩く。数十人が一斉に叩く大太鼓の音は、一つの統一された音になり、球場外の控え室テントにまで響き渡る。その迫力あるドンッドンッという音が、何ともいえず、心地良い。裏方の手伝いとしてではあるが、自分もその統一感に少しでも寄与できたのなら本望だな。そんなことを感じながら、重くて低い太鼓の音色に身体を吹かれていた。