事実は小説よりも樹なり 2005・05
沖縄の世界遺産を廻る 3
「斎場御嶽・識名園・勝連城跡」
(2005'03'01)



勝連城跡からの夜景
勝連城跡から見た夜景。
黒い静かな海に、島の光が浮かび上がる。

 どうも!久しぶりの更新です。
 昨年、沖縄に免許合宿に行っていた時も、携帯からの更新はしていたので、こんなに全く更新が止まったのは、本当に久しぶりなのです。トルコを旅していたために更新できなかったのですが、その分、報告をこのページでしていきますね。で、トルコの前に、沖縄の世界遺産の話が終っていなかったので、まずはその続きから。

 沖縄の世界遺産とは、2000年に日本で11番目のユネスコの世界遺産として登録が決定された「琉球王国のグスク及び関連遺産群」のこと。具体的には、9つの資産で構成されており、既にそのうち6つは前回、前々回で紹介した通り。今回は残りの3つ。

 7.斎場御嶽(せいふぁうたき)
 12月の日曜日。この日も早起きして、9時には友達の車で出発した。最初の目的地は「斎場御嶽」。振り仮名がないと、本土の人間だと「さいばおんだけ?」と読んでしまうが、正しくは「せいふぁうたき」と読む。「御嶽(うたき)」とは、聖地を意味しており、沖縄では、この御嶽で祈願する風習があることは、すでに紹介した通り。日本本土でいうところの、しめ縄がはられ、地元の人に信仰、礼拝されているような場所だと思うとイメージしやすい。

斎場御嶽  そんな「御嶽(うたき)」の中でも、ここ「斎場御嶽」は沖縄最高の聖地とされているという。琉球王国時代には、国王自らが参拝に訪れたらしい。実際に訪れてみると、森の中に石畳の参道が続き、拝所へと続いている。中でも、斎場御嶽のシンボルとなっているのが、「三庫裏(さんぐーい)」と呼ばれる場所だ。ここは、切り立った巨大な2つの岩が、互いに寄りかかりあって、その間が三角形の洞門を作り出している。トランプを2枚使って互いに寄りかからせると、カードを立てたままにすることが出来るが、この「三庫裏(さんぐーい)」は、トランプではなく、高さ10mはあろうかという巨大な岩がそのような状態になっている場所なのだ。

 中へ入ると、洞門の高さは2階から3階の吹き抜けほどはあろうか。奥へと抜けると、海を臨むことが出来た。洋上には久高島が見える。この場所から、神々の島である久高島を礼拝したという。

 8.識名園(しきなえん)
識名園  斎場御嶽を見た後は、今度は那覇にある「識名園」へ。ここは、琉球王家最大の別邸で、国王一家の保養や、外国使節の接待などに利用されたという。そのためか、別邸といっても、建物だけではなく大きな池のある庭園となっており、何だか東京の 浜離宮庭園 を彷彿させる。庭園の造りは日本庭園のようであり、一方で、池のほとりに立てられた六角堂は中国風のようでもある。そういった、中国でも日本でもないというあたりが琉球風といえるのかもしれない。観光客は少なく落ち着いて見てまわれるため、首里城の人の多さに疲れたときには、ちょっと移動して識名園でゆっくり散歩するのも良いかもしれない。

 9.勝連城跡(かつれんじょうあと)
 そして、沖縄の世界遺産めぐりの最後に訪れたのが、この勝連城跡。着いた時には、ちょうど日が落ちた頃。「きむたかのあまわり(気高い阿麻和利)」で有名な、阿麻和利が城主だった城である。阿麻和利は、琉球王朝の按司(あじ=地方の領主)だったのだが、王権を奪取しようと王朝を攻め、逆に大敗して滅ぼされてしまったのだ。そういった逆臣といったイメージがある一方で、その土地の英雄という見方もあり、地元の小中学生が、この「きむたかのあまわり」を演劇でやったりするそうである。

勝連城からの夜景  沖縄の城跡は、大体どこも見晴らしが良い所に建てられており、この勝連城跡も例外ではない。そのため、夜景の美しさは息を飲むほどであった。東京のように、果てしなく続く夜景ではなく、島の夜景なのだ。黒く静かな海の中に、島影が光となって浮かび上がる。

 これで、沖縄の世界遺産は全てまわったことになる。城跡が5つ、宗教施設が2つ、それに琉球王家の別邸と、陵墓で、計9つ。事前に知識も何も無かったが、足を運ぶと自然と心が落ち着いた。首里城以外は、どこも訪れる人の数もまばらだったが、逆にその静けさが良かったのかもしれない。どんなに良い所でも、集団の修学旅行生が次から次へとやって来ては、落ち着いて楽しむことなんて出来やしない。それにしても不思議な島だ。もう最初に訪れてから9回目になるというのに、足を運ぶたびに新たな発見があり、不思議が増えていく。ちなみに、城跡は世界遺産に登録されたもの以外にも、まだまだ沢山あるという。世界遺産の制覇は、未知なる沖縄へのほんの入口にしか過ぎないようである。