ソルタナのまほう(00'10'17)



 ぼくはレストランでウェイターのアルバイトをしているのだが、先日仲間の女の人がやめることになった。その人は、とある夢があって関西から東京に出てきた人でその夢に向かって頑張ると言っていた。しかし同時に今回レストランで働いてみて飲食店をやってみるのにも興味が湧いたといっていた。彼女は一人暮らしなので、晩御飯を外で食べることが多いそうなのだが、飲むお店ならいっぱいあるのに、食事がしっかりできて尚且つ女性一人でも入れるような店はあまりないそうなのだ。そこからそういう店を自分で作ってみるのもいいのではないかと思ったそうである。彼女のその話はぼくにある一軒の洋食屋を思い起こさせた。

 その洋食屋の名前は「ソルタナ」という。代々木の商店街の一角にあって、ちゃんと注意して歩いていないと、そこにレストランがあることなんか気づくことはできない程の小さな看板と小さな店内。しかし、気づいたところで、この店、ほんとに営業しているの?という感じが漂っている。ぼくも最初は店のドアから食事を終えた人が出てくるまで気づくことは出来なかった。しかし、よく店内を見てみると、席は少ないのだがいつもお客さんで埋まっている。気になったぼくは後日友達を誘って食べに行ってみることにした。

 小さなお店の中は、カウンターと4人席が2つで終わり。料理を作るおじさんとそれを運んでくる奥さんの2人だけで店を切り盛りしている。ぼくらはカウンターに座ってオムライスを注文した。カウンターからは料理を作っている所が見える。小さいながら、料理を作りやすいように効率良くまとまっていることが分かる。無駄ない手順で出来上がっていくエビフライや、ハンバーグ、目玉焼きや、そしてオムライスたち。とうとう目の前に現れたボリュームたっぷりのオムライスは、アツアツの玉子がふわふわしていて、中には風味いいチキンライス。上にかけられたケチャップを伸ばしてスプーンでそれらを一緒にすくい口の中に放り込む。これがはふはふアツアツうまいのだ。玉子を切り取ってチキンライスと一緒に口に運びハフハフしつつ、カウンター越しに作られていく、白身魚や牡蠣のフライ、ポタージュスープがまたなんとも気になる。ぼくらは、本当にいい映画や芝居を見た後のように、食べ終わった後もしばし無言のまま勘定を済まし、店を出て初めて感想を言った。

 ぼくは浪人中代々木の予備校に通っていたので、しばしそれ以後もそこへ通いつめた。自習室で勉強していてお腹がすいたとき、一人でも入れて尚且つおいしいご飯にありつける「ソルタナ」は貴重なお店だった。隠れ家的なお店だったので、一人でもくつろいで食事することが出来た。先ほど書いたハンバーグ&目玉焼きやエビフライ達はどれもおいしく、とくに白身魚のフライは、カリッとしていて尚且つ軽い感じの衣に中にはプリッとしているのに柔らかい白身が絶品だった。恐らくぼくの思うに、「オムライスのおいしい洋食屋は他のメニューもおいしい」、と言える、はずだ。

 勉強に疲れたときや、冬の寒い日、単純にお腹がすいたとき、雨が降って傘をさして行った日、いつも「ソルタナ」でご飯を食べ終わって店を出て煙草に火をつけるとき、ぼくは自分が何だか満たされてあったかい気持ちになっていることに気が付いた。きっと、「ソルタナ」の料理には魔法がかかっている。その魔法とは、食べた人をあったかい気持ちにさせる魔法である。予備校を「卒業」して以来、もう代々木に足を運ぶこともなく「ソルタナ」にも行かなくなってしまった。しかし、きっと今も小さな店で多くの人に魔法をかけて送り出し続けているのだろうと思う。