事実は小説よりも樹なり・ハワイ編15
あるジャーナリストの作品を読んで思った (2003'02'03)




ハワイといえば、カメハメハ
というわけで、キング・カメハメハ像

 1冊の本を読んだ。LEON DASH著『ROSA LEE: A Mother and Her Family in Urban America(ローザ・リー:アメリカ都市に住む母親とその家族)』。秀でたジャーナリズムの仕事に贈られるピューリツァー賞を受賞した、ワシントン・ポスト誌の連載を1冊の本にまとめたものだ。

   ワシントンD.C.のスラム地区に住む、黒人のローザ・リーは、14歳の時、最初の子供を生んで以来、それぞれ違う父親達の間に生まれた8人の子供を育ててきた。黒人女性には家事をする以外の選択肢はないと考える母親に育てられた彼女は、学校へも十分に行っておらず、読み書きができない。その為、生きる為という言葉の下、売春、万引き、麻薬売買を繰り返し、やがては彼女自身も麻薬中毒へと落ち入っていくのだ。

 彼女の8人の子供も、奇跡的に中流階級の生活を手に入れた2人を除くと、皆母親と同じ道を歩んでいき、更には孫の世代も同じ轍を踏むことになる。作者は、こういった状況が世代から世代へと強く引き継がれていってしまう現実に対し、人種問題、貧困、文盲、麻薬、犯罪といったことの相関した固い結びつきに焦点を当てて、正面から向き合おうとする。

 彼女の物語を読んだときの、読者の反応は様々だろう。作者が新聞に連載をした際にも、彼女の問題は社会構造の問題であり彼女はむしろ犠牲者であるという意見や、一方、彼女の生活は彼女自身に起因するという意見など、多くの反響があったという。僕自身は、アメリカにも文盲者が少なからずいるという現実に驚いた。日本にいると、あまり意識しない問題である。自分は、英語を外国語として使う身として、このように書かれたものは比較的理解できるが、同じものを耳で聞くと理解するのに少なからず困難を感じる。こんな状況を、何だか少し皮肉にも感じた。

 作者の挙げた、人種、貧困、文盲、麻薬、犯罪といった問題の他にも、種々の言葉が頭には浮かび消えていく。教育、責任、ジェンダー、歴史、生活、文化、社会、人生…。恐らく読者によって、連想する問題、心に残る印象は違ってくるのであろうが、小説でも映画でもない、現実の彼女の生活が、強いインパクトと共に心に迫ってくる。実在の彼女の作り物でない現実の人生が、この本を読んで何かを感じた読者の生活を、程度の差こそあれ変えていくことになる。日々の日誌(ジャーナル)をつける、ジャーナリズムという仕事。ローザ・リーとその家族を4年に渡り追い続けたこの作品は、その本来の姿と意味を思い出させてくれた。また、そのジャーナリズムという仕事が、どれだけ人に縦軸と横軸で影響を与えるか、ということについても傑作と言える作品である。

 ピューリツァー賞受賞の知らせを受けたその日に、作者はもう1つの知らせを受ける。ローザ・リーが倒れて病院に運ばれた、と。4年間の取材を通じ、彼女と真の友情を育んでいた作者は、急いで病院に駆けつける。彼女は、度重なる売春と麻薬によりAIDSに侵されていたのだ。そして、そのまま退院することはなく、数週間後に、彼女は、静かに息をひきとった。作者の最後の言葉が胸へと響く。
“She granted me unlimited access to a way of life that is an enigma to most Americans, eagerly to my reporting on her life so that others might learn from her story. More than that, I liked her, and, now, I miss her” (Dash, 279).
(彼女は、多くの我々が分からないと思うような彼女の生活を、喜んで取材させてくれた。それを知った誰かがそこから何か学んでくれるんだったらと、温かく承諾してくれた。しかし、そんなことよりも、私は彼女が好きだったし、今は、ただ彼女が恋しい。)