読売の憲法改正第二次試案を読んで(00'05'03)


2000年5月3日、憲法記念日のこの日 読売新聞が「憲法改正第二次試案」を発表した。その大まかな柱は以下の八つ。

 峺共の福祉」の概念を明確化
∪党条項を導入
衆院の法案可決権を強める
ざ杁淹態条項の新設
ァ崋衛のための軍隊」を明記
θ蛤疊鏗下圓慮⇒条項を加える
Ч埓情報の開示請求権条項を新設
地方自治の基本原則を明示

これを見てぼくは 問題だと感じた事項は幾つかあったが、その中でも特に見出しにもなっていた、「『公の秩序』重視を明示」ということに強く疑問を感じた。その部分を抜粋する。

「読売憲法改正第二次試案 第十七条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。また、国民は、常に相互に自由及び権利を尊重し、
国の安全や公の秩序、国民の健全な生活環境その他の公共の利益 との調和を図り、これを濫用してはならない。」

読売憲法第二次改正試案では現憲法の12条、13条、22条、29条に書かれている「公共の福祉」の内容が曖昧だとして、具体的に「国の安全や公の秩序、国民の健全な生活環境その他の公共の利益」と明示している。
しかし、このことについて、一つには、現在の日本国憲法以前の明治憲法を見たときに、国民(臣民)に様々な権利が明記されているとはいえ、
「安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限リニオイテ」
とか、
「法律ノ範囲内ニオイテ」
といった一文で、後に集会条例、新聞紙条例といったもので骨抜きに、有名無実化したのと同様、人権保障がされなくなる危険が孕んでくると考えられる。
二つ目として、読売新聞は自作コンメンタールで、この公共の利益について述べた部分で、「公共の福祉」を明確化した理由について
「憲法が想定する責任ある個人主義から逸脱し、単なる自己中心主義に陥り、権利を優先して義務や責任とのバランスを各面が顕著」
と書いているが、自由や権利は、義務や責任を伴って始めて発生するものではなく、誰でも生まれながらにしてもっているものであるはずだ。また、その自由や権利を明文化して保障することが憲法の大事な点である。その意味で、、憲法は本来、国家権力を統制し、過去の歴史のような暴走を防ぐことが最も重要な任務としているにも関わらず、読売試案が99条(公務員の憲法尊重擁護義務)を削除し、変わりに前文で国民に憲法を遵守せよと言っているのもはなはだおかしな話だと感じる。

また、具体的なことを考えたとき、例えば、沖縄での基地の土地収用、基地移転などの問題についても、どんなに当事者である地域住民が反対を唱えても、「国の安全や公の秩序」や「公共の利益」などの言葉で切り捨てられてしまうのではと危惧してしまう。
沖縄基地問題に関して言えば、読売憲法改正第二次試案の地方自治の章で「地方自治は、地方自治体及びその住民の自立と自己責任を原則とする」と、「自立と自己責任」という言葉で書いているが、これで、中央政府からの干渉や統制の下ににおかれず、地方自治体の行政が独立して行われるのかといったら、やはり疑問だと感じる。

読売新聞は、部数は一千万部を超えている。その購読者は、ぼくの家庭もそうだが、新聞は一紙しか読まない人が多数だと思う。その憲法試案によって、人権保障がされなくなる危険が大いにあったとしても、昨今の阪神淡路大震災やオウム事件といった素早い対応が求められる大事件が相次げば、「緊急事態条項」も必要かなと思うだろうし、また特に最近急激に増えている青少年、若者による刑事事件などを見れば、自分の権利は皆、熱心に主張するが、他者の自由や権利の尊重を欠いているから、国民の権利のところにきちんと「公共の利益」といったものを明記すべきだということも、すごく耳当たりがいいのではと感じる。そう考えると、読売だけしか読まない人が、読売だけを読んで、その一見、耳当たりの良い言葉に「うん、そうか、そうだな。」と思い、そこに隠されている大きな危険に気付かずに、納得、同調してしまうのは、ちょっと怖いことだなと感じた。