フェリーの波止場、エミノニュ桟橋のすぐ近くにあるのがイエニ・ジャミィ。ジャミィの前は広場になっており、いつも人でごった返している。いや、人だけではない。物凄い数のハトが密集しているのだ。その数、人よりも多いのではないかと思われるほど。ハトの餌を売っている老婆がおり、時おり、その餌が投げられると、民族大移動ならぬハト大移動が繰り広げられる。あまりに多すぎて、ちょっとこわいほど。
ハト銀座となっているイエニ・ジャミィの裏手には、「エジプシャン・バザール」という市場の入口がある。イスタンブールというと、「グランド・バザール」が有名だが、こちらの市場も中々の規模で見所となっている。その昔、エジプトからの貢ぎ物を集めて設営されたことから「エジプシャン・バザール」の名前がついたらしい。
市場の中の雰囲気は、まるで東京・上野のアメ横のようであった。それぞれの店先に、山盛りとなった香辛料や乾物がならぶ。他にも、布や陶器、観光客向けのお土産などが所狭しと置かれている。一軒の店で、チャイ用のグラスセットを眺めていたら、ひげをたくわえた店員に話しかけられた。
「どう、気にいった?」
んー、そうですね。悪くは無いですね。でも、お土産買うのは帰国直前にします。
「うちは日本人の観光客が良く買い物するからね。日本人だったら、サービスするよ。」
そんなこと言って、本当はすべての観光客に同じこと言っているんでしょう?
「そういえば、日本人なら、これ好きでしょ?安いよ。」
そういって、彼は、ショーケースから黄色がかった20cmほどの物体を取り出した。魚の卵を乾燥させたものみたいだが、表面はツルツルとしておりプラスチックで出来ているような光沢がある。
「日本語だと、ええと、そうだ。『カラスミ』。日本人は、皆、大好きなんだろう?」
ぼくが、日本人だけれども、カラスミなんて普段食べないし、そんなに大好きでもないというと、彼は「そんな日本人がいるのか?」といった、不思議そうな顔をしていた。
エジプシャン・バザールを抜けた後は、高台の上にあるスュレイマニエ・ジャミィまで足を運ぶ。ジャミィとはイスラム寺院のことであり、通常、礼拝のために内部に自由に出入りできる。もちろん、観光客もしかり。(写真はスュレイマニエ・ジャミィ外観)
靴を脱いで中に入ろうとしたら、入口の受付の青年に「コンニチハー。アリガトウゴザイマスー。」と話しかけられた。物売りでもないようだし、こんにちはと挨拶を返す。
「日本のどこから来たの?東京、大阪?」
東京だよ、と答えると、彼はおもむろに雑誌を取り出した。表紙には「Japan」と書かれており、英語で日本を紹介した雑誌のようだ。イラストに描かれた日本の地図を見ながら、東京の場所を確認している。どうやら日本のことが大好きらしい。名前を聞くと、イズマイルというらしい。
「ぼくはね、サムライやカタナにとっても興味があるんだよ。」
そういって、雑誌の日本の風景や武士を写した写真をパラパラとめくる。良い年頃なのに、スポーツや女の子よりも、武士や刀に興味があるようだ。変わっているけれども、素直そうで良い青年じゃないか、イズマイル。
「そうそう、この中で分からないのがあるんだけどさ。これは、一体、何?」
そういって、彼が一枚の写真を指差す。写っているのは、列を組んだ虚無僧。うーん、説明するのは難しい。
「彼らは、仏教のお坊さんなんだよ。」
「ふーん。でも、どうしてこんな格好しているの?なんで、こんなアミをかぶっているの?」
「彼らは、普通のお坊さんとは少し違うんだよ。刀とかも持っているし。」
彼は、分かったような分からないような顔をしていたが、ぼくもこれ以上詳しく説明することも出来ないため、このぐらいの説明でお茶を濁す。
そして、日本が好きならば記念にと、彼の名前イズマイルを「伊豆満伊留」と漢字でメモ帳に書いて渡してあげた。漢字が珍しいのか、予想以上に喜んでいる。
彼は、おもむろに真面目な表情になったかと思うと、ぼくにこう話してくれた。
「我々トルコ人は、日本に親愛の念を持つとともに尊敬をしています。同じアジアでも、中国に対しても、韓国に対してではなく、あくまで日本に対してのみ、そういった気持ちを抱いているのです。」
今回の旅の前に、人からの話やガイドブックで、トルコが世界でも類まれなほどの親日国であると聞いたことがあった。
イズマイルの個人的な日本贔屓を差し引くとしても、こうやって言ってもらえると、一日本人として悪い気はしないものである。
彼の日本への親愛の念が、どうか、やがて失望へと変わらぬように。
ぼくに何が出来るわけでもないが、笑顔で彼に「ありがとう!」と、感謝を伝えた。