事実は小説よりも樹なり 2005・10
トルコへの旅 4「エミノニュ桟橋とガラタ橋」 (2005'05'26)



ガラタ橋
ガラタ橋で釣り糸をたらす男たち
後ろはイエニ・ジャミィ

 イスタンブールは、面白い街だった。
 スルタンアフメット・ジャミィを後にしたぼくは、街のアジア側とヨーロッパ側を結ぶフェリーの乗り場である、エミノニュ桟橋へと向かった。桟橋は、ヨーロッパからの鉄道の終着駅である「スィルケジ駅」のすぐ近くにある。

エミノニュ桟橋  桟橋は多くの人でにぎわっていた。フェリーを待つ人、降りてきた人、何をするでもなくたむろっている人、楽器を演奏している人、露天商を営む人、そしてそれを眺める人…。フェリーごとに乗り場が分かれており、1ミルヨン(約80円)で「ジェトン」と呼ばれるコイン型の切符を買えば、15分ほどで街のアジア側へ行くことが出来る。庶民の欠かせない生活の足になっているようだ。

 フェリーの乗船口の横は、食べ物の売店となっており、そこでずっと食べたかった「あれ」を見つけた。縦に立てられた1mほどの鉄の串に、肉が幾重にも巻きつけられ、串を回転させながら、横から炙るトルコ風焼肉「ケバブ」である。

ケバブ  肉は、濃い茶色のラム肉と、白っぽい色をしたチキンの2種類があるようだった。「これ、ください」とチキンのほうを指差すと、香ばしく焼けた肉の外側をナイフでそいで、それを鉄製のちりとりのようなスコップですくい、パンにレタスと一緒に挟み込んでくれた。チャイと一緒で値段は1.5ミルヨン(約120円)。

 海を眺めながら、桟橋のコンクリートに腰掛け、大きなサンドイッチをパクついた。肉の旨みが噛むごとに口に広がる。パンは、外はかりっとしているが、中は柔らかく、その素朴な味が、チキンの旨みをひきたてている。これで120円は安い。異国の地で、海を見ながら食べていると、さらに美味く感じられる。

 *

 エミノニュ桟橋から、今度はすぐ横のガラタ橋をわたってみることにした。イスタンブールは、ヨーロッパ側が、さらに新市街と旧市街の2つに、「金角湾」という湾をへだてて分かれている。その2つを結ぶのが、このガラタ橋だ。

ガラタ橋の釣り人  旅行ガイドブックには、ガラタ橋では、欄干から釣り糸をたらす、多くの釣り人がいると書かれていた。東京でいったら勝どき橋で釣りをしているようなものである。どんなものかと足を運ぶと、はたしてガラタ橋の釣り人はいた。しかも、1人や2人ではない。数百メートルある橋の欄干を、びっしりと釣り人が埋め尽くしているのである。こんなところで釣れるものかと、バケツを覗き込んでみると、イワシほどの大きさの魚が数匹。どうやら釣ることは出来るようだが、そんなにたくさん釣ろうとも思っていないらしい。

 ガラタ橋では、他にも不思議な光景に出くわした。歩道には多くの露天商が出ているのだが、そのなかに「体重計屋」というのがいたのだ。道端に体重計だけおいて、男はぼーっと座っているだけなのである。あれで商売が成り立つものかと思っていると、案外、体重計に乗っている客の男もいたりして、それなりに稼ぎにもなるようである。

 もうひとつ、後から宿の人たちと話題になったのが、「リモコン屋」。商売道具を詰め込んだトランクを開けて、盛んに売り込み文句をはやし立てているのだが、その売り物がむき出しのリモコンばかり。様々な種類のリモコンを売っているみたいなのだが、リモコンだけ買ってもどうなる訳でもなく、そんなに需要があるものとも思えない…。

 エミノニュ桟橋も、ガラタ橋も、広場も、市場も、とにかく人であふれている。人の多さは東京で慣れているが、日本とははだいぶ雰囲気が違う。道行く人の顔つき、街の風景の中に溶け込むモスク。だけど、それだけではない。街の喧騒にまぎれながら、ガラタ橋から海と街とをしばらく飽きずに眺めていた。