事実は小説よりも樹なり 2005・8
トルコへの旅 2「イスタンブール・予約のホテルに泊まれない!?」 (2005'04'11)



暗闇に浮かぶモスク
暗闇に浮かぶモスク イスタンブールで

 雪の積もる中、イスタンブールに到着したのだが、玄関口であるアタテュルク空港は、びっくりするほど近代的だった。建物は真新しく、まだピカピカしている。多くの便が乗り入れている国際空港だけあって、広々とした作りになっており、動く歩道が各ゲートを結んでいる。旅の拠点となる国際空港なのだから、当たり前といえば当たり前なのだが、つい先程まで薄暗くて、寒くて、陰気で、でも物価だけはバカ高いモスクワ空港にいたので、いっそうその近代的な姿に感動してしまったのだ。

 この空港だったら、朝までベンチで夜明かししても全然問題無かったな…。そう思ったが、実はすでに日本で、初日の宿と送迎だけは予約をしていた。何せ、1年半ぶりの海外である。しかも初めてのヨーロッパ方面。空港に朝までいられるとも分からなかったし、相場も分からないままタクシーに乗るというのも、どう考えても得策とは思えない。そういった判断で、宿と送迎サービスを申し込んでおいたのだ。

 入国検査と税関を終え、到着ロビーへと出ると、真夜中だというのに、出迎えの多くの人でにぎわっていた。送迎に来てくれていたのは、宿の女性オーナーの旦那さん。バンに乗り込み、幹線道路を市街地へと向かって飛ばす。車窓から見える広々として整備された道路は、完全に先進国のそれだった。トルコをEUに加盟させるか否かが、論争の的になっているが、宗教的な側面ではなく、インフラ的な側面から見れば、加盟には何の障壁もないように思えた。このことはイスタンブールに限らず、後々トルコを旅している間中、ずっと感じることであった。

 程なくして、近代的な道路から、暗闇にライトアップされたモスクと尖塔が目に飛び込んできた。
「あの、4本尖塔が立っているのがアヤ・ソフィア、6本なのがブルー・モスクだよ。」
運転しながら旦那さんが教えてくれる。
 正直な話、アヤ・ソフィアもブルーモスクも、行きの飛行機の中でガイドブックで予習したばかりだったが、
「ああ、あれがあの有名な!」
とオーバー気味に相槌を打ったりする。
 とはいえ、暗闇に浮かび上がるモスクと尖塔を見て、やっと日本から遠く離れたトルコにやってきたんだと実感した。

 *

 宿はTという名で、小さな看板があるだけで、知らないと見落としてしまいそうなところにあった。
 呼び鈴を押してしばらく待つと、日本人の女性が2人出てきた。
「あのー、予約している者なんですけど。」
「え、そうなんですか?でも、今日はベッドいっぱいですよ。」
「へ?本気っすか?」
「ええ。本当に予約されたんですか?」
「その、つもりなんですけどね…。送迎サービスと一緒にお願いしたんですが。」
「確かに、送迎サービスと一緒に予約されたんだったら、予約しているはずですよねえ。でも、ベッドはいっぱいなんです。」
「はあ。」

 日本で予約して、Eメールの返信までもらって確認したにも関わらず、さらに送迎サービスまで頼んだのに、肝心のベッドがないという。

「えーっと、じゃあどうすれば良いですかねえ?」
「ここの近くに別の安いホテルがあるみたいだから、そっちに空いているかどうか聞きに行くのはどうですか?」
「泊まられれば、どこでも良いです。お願いします。」

 話を聞くと、実は彼女たちもホテルの人ではなく、宿泊客らしい。どうやら、宿の女性オーナーがホテルの管理人を長期滞在の旅人に任せているらしく、こういうことはたまに発生することだという。

 結局、すぐ近くにあるPというホテルに宿泊することにした。ドミトリーと呼ばれる大部屋に入ると、既に4人の先客がいた。一番の奥のベッドにいた日本人のサトシくん、反対側のベッドの同じく日本人のゲンタくん、それに台湾人1人と、ずっと寝続けていている人が1人。

 サトシくんに話しかけられる。
「今日着いたんですか?」
「ええ、さっき。」
「やっぱ、最初にTに行って、こっちを紹介されたんですか?」
「え、何で分かるんですか?」
「だって、ぼくもですから。」
 さらにゲンタくんも口を挟む。
「あ、オレも。予約したけど、泊まれんかった。」
 どうやら、イスタンブールの日本人旅行客の間では、Tに行くものの、泊まれずにこのPに来るというのが流行っているらしい。
「でも、Tよりここのほうが良いですよ。」
 と、サトシくん。
「そうなんですか?」
「ええ。2ドル高いけれども、朝食はつくし、部屋も暖かいし、シャワーもすぐに使えるし、インターネットも無料で出来るし。」

 そんなものなのかなあと思いながらも、結局イスタンブール滞在中はずっとこのPに泊まった。上記の他に、チャイも飲み放題で、中々居心地が良いのだ。

 サトシさんやゲンタさんとは、また朝に話しましょうといって、ようやく1日目の眠りについた。