事実は小説よりも樹なり 2004・28
屋久島への旅 最終回 
「白谷雲水峡」
(2004'09'26)



二代大杉
「白谷雲水峡」の「二代大杉」
切り株の上に、二代目の新しい杉が生えている

 8月10日(火)

 午後5時。ニョーリーとイッチが戻ってきて目を覚ます。この日は山登りをする予定だったのだが、旅の疲れからか、体調をくずしてしまったのだ。寝ている間、「すぎ蔵」の管理人さんが何度も様子を見にきてくれたおかげで、大分調子も良くなっていた。

屋久島の虹  布団から起き上がり、テラスに出て海を眺める。デッキチェアに座り、ボーっとしていたら、やがて空に虹がかかった。しかも2つ並んだ双子の虹。双子の虹を見るなんて、ハワイ以来のことである。

 夕飯は、宮之浦地区の居酒屋へと食べに行った。屋久島名物の「首折れさば」を注文。首折れさばとは、捕ったあとすぐに首を折って血抜きしたさばのこと。新鮮なため、刺身で食べることが出来るのだ。今回初めて食べたのだが、脂がのった濃厚な味が病みつきになった。

 8月11日(水)

 とうとう屋久島滞在の最終日を迎えた。そして、今回の旅の最終日でもある。いつもより早く、朝6時に「すぎ蔵」の管理人さんに起こしてもらう。最後の日の朝に、もう一度湯泊温泉で朝風呂を楽しむためだ。

 朝もやの中、湯泊温泉の湯へとつかると、「ん?ぬるい・・・。」どうやら夜中の間に潮が満ちて、海水が湯船へと入ってしまったようなのだ。それならばと、湯泊温泉から車で5分ほどの平内海中温泉へと向かう。こちらも、海のすぐ横というロケーション。だが、幸いにしてちょうどよい湯加減を保っていた。10分ほど入ったところで、朝食のため民宿へと戻ったのだが、できることならいつまでも湯につかっていたかった。

 朝食後、お世話になった「すぎ蔵」を後にし、「白谷雲水峡(しらたにうんすいきょう)」へと向かう。「白谷雲水峡」とは、屋久島北東部の白谷地区にある、自然休養林に指定された一帯のこと。屋久島といえば、屋久杉をはじめとする原生的な森林が見どころだが、ここでは手軽にそれらを観賞できる。

白谷雲水峡  舗装された山道を車で登ること30分。標高610m。眼下の街や港が見下ろせる場所に白谷雲水峡への入口はあった。このアクセスの手軽さとは裏腹に、白谷雲水峡へと一歩足を踏み入れただけで、森林と岩と苔の世界に包まれた。遊歩道は白谷川という清流に沿って作られているのだが、入ってすぐの所に「白たえの滝」。さらに歩いて10分ほどのところに「飛龍おとし」という滝が続いている。真っ白になって落ち行く清流は、まさに「雲水」の字の如し。ここが「雲水峡」と呼ばれる所以であろう。(写真=白谷雲水峡の入口でもらった絵ハガキ)

二代大杉  実は、ここまで屋久島のことを書いてきたが、ぼく自身、屋久島の原生林を体験するのは初めてなのだ。苔がびっしりと生えた岩の合間を清流が流れる。空気が湿っているのが分かる。2回目の屋久島の最終日になって、ようやくこの原生林に触れるのは、正直遅すぎた気がしてならない。やがて目の前に現れたのは、「二代大杉」。切り株の上に、二代目の新しい杉が生えているのだが、一代目の切り株の中には大人が入ることが出来るほどの大きさだ。(写真=二代大杉)

ヤクシカ  帰り道、他の観光客が木々の向こうをじっと見ていた。そちらへと視線を向けると、ヤクシカである。また遭遇したのはシカだけでない。スコールのような雨にも遭遇してしまった。さすが、1週間に10日雨が降るといわれる島、屋久島。そのために、わざわざ東京から雨具を持ってきたにもかかわらず、短時間の散策だからと車の中に置いてきてしまったのだ。結構かさばったのを、それでもずっとリュックサックに入れていた今までの8日間は何だったのだろう・・・。 (写真=遭遇したヤクシカ)

 白谷雲水峡から戻り、最後の最後にもう一度「イルマーレ」で食べることにする。パスタに「パン、デザート、飲み物」がつくランチセットを注文したのだが、このパンがまた美味い。パンはパンでも、マスターの手作りによる自家製のパンなのだそうである。メインのパスタの後には、デザートのパンナコッタ。それに、あのコーヒーが待っている。今回は「カフェ・アメリカーナ」にしたのだが、またパンナコッタに良く合って至福の時である。本当は、もう「イルマーレ」のことはあまり書きたくないのだ。書いているうちに、またあの味を思い出し、居ても立ってもいられなくなってしまうから。

 食事も終えて、帰りは屋久島空港から。飛行機が到着。ぼくらとは逆に、これから屋久島入りする観光客が、荷物と共にロビーへと流れ込んでくる。ぼくは、昨晩に飲みかけだった屋久島焼酎「三岳」を、空いたペットボトルへと詰め替えた。離陸した飛行機は、あっという間に鹿児島へ到着。そこで、ニョーリーは岡山へ、イッチとぼくは羽田へと別れた。

 今でも詰め替えた焼酎「三岳」は、飲まずに手元に置いてある。蓋を開けると、ふっと焼酎の濃厚な芋の香りが漂う。ぼくは、一瞬屋久島の海へと戻る。海を見ながらBBQをした、あの「すぎ蔵」のテラスに。満天の星空の下、いつまでも出られずにいたあの湯泊の温泉に。

 もちろん、本当はそんなことはないのだけれども――。