事実は小説よりも樹なり 2004・18
バイト体験談 2 「麹町の中心で、店長がキレる」 (2004'06'19)



バイト体験談 2
本文に書いたバイトをしていたころの、筆者
写真は、台湾に行った際に撮ったもの
稼いだお金のほとんどは、旅の費用に充てていた

 赤坂のホテルの配膳を始めて1ヶ月ほどした頃。高校時代の友人に、いかに大変かと愚痴をこぼしていたら、彼のやっている登録制の軽作業スタッフバイトを紹介してくれた。具体的にはデパートの催事場に陳列棚などを搬入・搬出する仕事らしいのだが、拘束時間の内、最初の1時間程は待機するだけ。終わるのも、1時間程早いらしい。さっそく、ぼくも登録をした。

 4 登録制軽作業スタッフ
 時給:1000円以上/場所:都内各所
 積極性の必要度 ☆☆☆☆☆
 仕事の安定度  ☆☆★★★

 搬入・搬出の仕事は、本当に最初は待機するだけで、終了も早かった。しかし、その分、休憩は基本的になし。また、現場によっては怖いリーダーの人もいて、最初のうちは怒鳴られることもあった。とはいえ、登録制だったため、その仕事現場が合わなければ、他の現場に行けば良いだけのこと。結局、予備校時代を経て、大学1年冬頃まで、色々な仕事現場へと足を運び続けた。今まで20種類以上のアルバイトをしたと書いたが、この「登録制軽作業スタッフ」だけで、10種類近くやっている。

 都内デパートの催事場などへ、陳列棚等の搬入・搬出
 オフィスへの机などの事務機の配送、組み立ての助手
 事務所の移転作業
 立て看板持ち、および会場案内
 ビルの建設現場での、職人の助手
 イベント会場設営
 ジャグジーの清掃
 新木場国際競泳場のプール台の移動
 お台場のカフェのウェイター
 麹町のイタリアンでのウェイター
 などなど・・・。

 それぞれの仕事現場に、それぞれ思い出がある。しかし、「登録制軽作業スタッフ」の仕事全体として言えることは、「積極性が必要」だということだ。日々違う現場に派遣されるこのバイトでは、新しいバイト先に初めて行くときの緊張感がいつまでも続く。右も左も分からない現場でやっていくためには、挨拶や返事を大きく、愛想良く振る舞い、自分から「何やったら良いでしょうか?」「これも、同じようにすれば良いでしょうか?」「次どうしましょうか?」と積極的に聞いていくことに限る。よく、会社でも大学でも「受身ではなく、自分から問題を発見・解決する姿勢」が大事と言われるが、登録制の派遣スタッフのバイトをしていると、そういうことが嫌でも身につくようになる。言い換えれば、そうでないと、とてもやっていけないのだ。その意味で、表面的には日雇いの肉体労働が主だったが、もっと大事なモノを学んだと思っている。

 数ある仕事現場の中でも、印象的だったエピソードを1つ。めずらしく、軽作業ではなく、ウェイターの手伝いで麹町のイタリアン・レストランに派遣された時のこと。それなりに高級そうで、お客さんもあらかじめ予約をして訪れるような店だった。キッチンが5人ほどいるのに対し、ホールは店長とウェイター、それにぼくの3人のみ。制服に着替えたのだが、足元が汚れたスニーカーだったため、その日はバーの内側にいるようにと命じられた。当時、髪は白いメッシュ、口元はヒゲだったのだが、それに関しては何も言われない。そちらのほうが、よほど問題だと思うのだが・・・。

 客席は20席ほど。それを、店長とウェイターの2人だけで給仕する。更に、電話や会計が入った際は店長がレジに入るので、実質ウェイター1人だけでお客さんに応対をする。当然、応対しきれずに、あちこちから催促の嵐。

 そんなときだった。「バリーンッ」という花瓶でも割ったような音と共に、レジのほうから罵り合う男達の声が。どうやら店長とキッチンのスタッフが、あろうことか営業中だというのに、口論を始めたらしい。「もうやめたっ!」。そんな声が聞こえてくる。最悪だ・・・。

 あまりの対応の遅さに怒ったお客さんが、「ちょと、店長呼んできて、店長!」とウェイターに畳み掛ける。一方、対応にあきれたお客さんは「お会計して」と、ゴールドカードをウェイターに渡す。孤軍奮闘しているウェイターは、(こんなこと言うのは申し訳ないのだが)、はっきり言って「使えない」男だった。その場の状況に困惑したように、お客さんから会計で預かったカードを、レジへと持っていった。

 しかし、レジでは口論が沸騰しているところなのだ。彼がカードをもって行ったところ、「バキッ」という音が。「バキッ」?まさか・・・。

 やがてウェイターが、カードをキャッシュトレイにのせて戻ってくる。が、ゴールドカードは、興奮した店長によって真っ二つに割られていたのだ。説明もなく、お客さんに渡そうとするウェイター。一方、別のテーブルの店長を催促しているお客さんは、文句を店長に言おうとしているのに、それすら長時間待たされて、完全に怒り心頭に発している。

 ゴールドカードを割られたお客さんは、驚いて尋ねる。「どういうことだっ、これは?」ウェイターは答える。「あちらのお客さんが・・・。」恐らく「待っておられるので。」と続けたかったのだろう。が、それを聞いたお客さんは、その別の客が自分のカードを折ったのだと勘違いをして、その客の所へ行った。「何で私のカードを折ったんだ?」「はあ?何を言っているんだ、アンタは?」・・・、本当に最悪だ。

 結局、カードを折られたお客さんは、「どうなっているんだ、この店は。」と怒りながら帰っていき、文句を店長に言おうとしていたお客さんも、狐につままれたような反応で帰っていった。

 そんな店だったが、それから何回か派遣されて働きに行った。スタッフは、普段は全く良い人たちで、お客さんの残したボトルワインを、使わなくなったワイングラスと共にくれたこともあった。さて、この話には後日談がある。その後、そろそろ1つのところで継続して仕事をしようと、バイト雑誌をめくっていた時のこと。そのイタリアン・レストランの求人広告を見つけたのだ。見出しには、こう書かれていた。「店長候補 募集」。