事実は小説よりも樹なり 2004・13
波照間島でのコミュニケーション (2004'05'09)



波照間島でのコミュニケーション 01
波照間島 ニシハマビーチ
この島で、ぼくらは旅の神様に出会った

 人と人の心がつながるとき。一言も話さなくても、心が通じるときがある。

 日本有人最南端、波照間島。男4人で旅した際、泊まる民宿をアイウエオ順で「いしの荘」に決めた。宿の主人の石野さんは、まさに海人(うみんちゅ)という言葉がぴったり。真っ黒に日焼けした肌に、白い口ひげ、頭には手ぬぐいを巻いている。身長はぼくより低いものの、肩幅は倍ほどもある。

 寡黙な石野さんだが、夜になり酒が入ると雄弁になる。ぼく達はいつしか、敬愛の念を込めて「ボス」と呼ぶようになった。

 ある日、島の最南端まで行こうと、自転車で出発しようとしたときのこと。突如ボスが軽トラックに乗って来て一言。「海行くぞ。乗れ!」かくして荷台に乗せられたぼくたちは、1時間後には、島の南のそのまた南。船上から島の最南端碑を眺めていた。

 そんな旅も最終日を迎えた。正午過ぎの石垣行きの船に乗る。旅を通じて、男ながらにボスに惚れたぼく達4人。最後にお礼を言って別れを惜しむはずだった。が、肝心のボスがいない。どこを探しても、いない。まあ「我が道を行く」のタイプの人だから、どこかへ行ってしまったのだろう。

 早めの昼食を済ませ、宿を発とうとしたその時、軽トラックに乗ってボスがやってきた。 荷台には、青みがかった魚が跳ねている。皆で一列になって、やっとのことで抱えられるほどの大きさだ。ボスは黙ってその魚を下ろし、10分もしない内に刺身にして振舞ってくれた。「さわら」の刺身。食べても食べても無くならない刺身。島を立つ前に、ボスが釣ってきてくれた刺身。

 コミュニケーション。人と人の心がつながるとき。島を発った船のデッキで、ボスの影が見えなくなっても、いつまでもいつまでも手を振り続けていた。あれから2年。あの時食べた刺身以上に、美味しい刺身には出会っていない。