事実は小説よりも樹なり 2003・10
自衛隊観艦式3 「護衛艦を見学して思ったこと」 (2003'11'21)



観艦式3 「護衛艦を見学して思ったこと」01
トリビアの泉でも紹介され、62へえを獲得した
自衛隊限定のおまんじゅう「撃」!通称「撃まん」!

 「ヘリコプターが、地上からの空対地ミサイルによって墜落した。」突然だが、この文章には間違いがある。すぐに気がついてもらえただろうか?答えは、「空対地ミサイル」。これは、「空中」から、「地上」へのミサイルのことを表す。この文章の場合、地上からの攻撃なので、「地対空ミサイル」が正しい。

 このように、「どこ」から「どこ」へ向かって攻撃するかで、ミサイルの種類は異なる。航空機から艦船へのミサイルなら「『空』対『艦』ミサイル」、潜水艦から艦船へのミサイルなら「『潜』対『艦』ミサイル」といった具合だ。これらは、報道においても頻繁に用いられる言葉だが、観艦式の一般公開で実物のミサイルを見学するまで、ぼくは正確には理解していなかった。そこで今回は、「観艦式」報告の最終回として、一般公開見学の様子について書こうと思う。

 今回見学したのは、護衛艦「ゆうだち」。「むらさめ」型の3番艦として1999年3月4日に就役したばかりの、ヘリコプター搭載護衛艦だ。ちなみに、日本では旧海軍以来、艦名は天象、気象、山岳、河川、地方の名称から採用されるそうである。さて、装備であるが、コンピュータによって、空中、水上及び水中の脅威に対して、迅速に対処できる能力をもっているそうだ。実際に見学するまでは、ミサイルや艦砲は多くついていればいるほど良いのかと思っていたが、そうではない。それぞれが「『艦』対『空』」、「『艦』対『艦』」、「『艦』対『潜』」といった形に役割分担されているのだ。

観艦式3 「護衛艦を見学して思ったこと」02  具体的に艦内を見学すると、以前ハワイで戦艦ミズーリを見学した時のことを思い出した。第2次世界大戦、朝鮮戦争、湾岸戦争で使用された戦艦ミズーリには、口径40.6センチという大きな主砲が9つもついていた。一方、「ゆうだち」には、そのような大きな主砲がない。何故か?「艦対艦ミサイル」が、昔の軍艦の主砲に相当しているからである。戦艦ミズーリの主砲は、その大きさにも関わらず、射程距離は37キロに止まる。一方、「ゆうだち」に搭載されている「艦対艦ミサイル」の射程距離は、100キロ以上に及ぶという。

観艦式3 「護衛艦を見学して思ったこと」03  次に、空からの攻撃に対処する、「垂直式短SAM発射装置」。「SAM」とは、「Surface to Air Missile」つまり、「艦対空ミサイル」を表す。最初に「短」とついているのは、短射程のミサイルであるということだ。

  観艦式3 「護衛艦を見学して思ったこと」04  こちらは、船先の甲板の様子。前にある半球状のものが、62口径76mm速射砲。空中、水上いずれの目標にも対処可能な無人砲で、コンパクトな大きさにも関わらず、最大射程は16,300mもあるという。また、手前にある四角の箱蓋状のものが、「垂直式アスロック発射装置」だ。「アスロック」とは、「Anti Submarine Rocket」の略で、潜水艦攻撃用の魚雷を遠距離に飛ばすための装置である。

観艦式3 「護衛艦を見学して思ったこと」05  戦闘指揮所の内部も開放されていた。ハワイで既に退役した戦艦ミズーリを見学したが、現役で使われている軍艦(護衛艦)に入るのは初めてである。見学者が多くいたのはミズーリの時と同様だが、海図が広げられていたり、黒板に今日の日付が記入されていたりするのを見て、現役で使われているのを再認識する。

観艦式5 「護衛艦を見学して思ったこと」06  内部から、甲板へと降りる。先ほどの62口径76mm速射砲や、垂直式アスロック発射装置の説明を読み、半ば分かったような分からないような気持ちになる。そのため、もっぱら甲板からの海の景色を眺めていたら、少し離れたところに「63」と書かれているのを発見。(写真)何だろう?と思い、近くにいた隊員の人に尋ねてみたこところ、米軍の空母「キティーホーク」だそうだ。その名前をニュースで耳にしたことは何度かあったが、実物を見るのは初めてだった。「キティーホーク」は、先の対イラク攻撃の際も、攻撃に参戦している。

 一方、日本の海上自衛隊は、2001年の同時多発テロ以降、テロ対策特措法に基づき、インド洋に派遣されている。テロ対策特措法は2年間の時限立法であったが、先日の臨時国会で延長が決定された。そのため、2001年12月2日より実施された協力支援活動は、現在も続いている。具体的な活動内容として、米海軍をはじめその他国々の駆逐艦・補給艦に無償で燃料を補給してきた。その護衛のために、イージス艦を派遣するか否かで、大きな争点となったことは記憶に新しい。

 で、この補給活動について、問題になっていることがある。あくまで「テロ対策特措法」に基づく活動にも関わらず、対イラク攻撃に参戦している「キティーホーク」機動部隊にも間接給油を行っていたというのである。「対テロ特措法」の枠組みで、米英軍による対イラク攻撃を支援することは、当然許される行為ではない。そもそも、「テロ対策特措法」にしても、7月に国会で連立与党の賛成によって成立した「イラク復興支援特措法」にしても、目的は「アフガン(もしくはイラク)の復興を支援すること」である。「米国を支援すること」では、断じてない。

 政府も年内のイラクへの自衛隊派遣はさすがに先送りしたようだが、イタリア軍へ自爆攻撃がなされた後も、しばらくは年内派遣先送りを決めてはいなかった。ラムズフェルド米国防長官との会談が終わり,やっとその3日後に「年内派遣」の断念を固めている。つまり、イタリア軍への自爆攻撃ではなく,ラムズフェルド米国防長官が「年内派遣」を強く求めなかったことが、決定的だったのだ。

 もう1度書く。イラクへの自衛隊の派遣は、「イラクの復興の支援をすること」が目的であり、「米国の支援をすること」では、断じてない。11月14日付朝日新聞社説に以下のように書かれている。「小泉首相は、ここでひるめばテロリストに屈することになるという。だが、自衛隊の派遣はテロの抑止にどれだけ役立つのだろうか。テロを抑え込むための協力はいつから派遣の目的に加わったのか。」

 観艦式の一般公開日、色々と説明や案内をしてくれた自衛隊員の方々は、皆、親切であった。「自衛隊」という大きな枠組みでなく、個々の「自衛隊員」として彼らを見た時、「真面目に働いている公務員」といったイメージを受けた。イラクに自衛隊を派遣することは、艦船や輸送機を派遣することに止まらない。彼ら1人1人を派遣するということなのである。イラクでは、「戦闘終了」後、178人の米兵が亡くなり(03年11月17日現在)、米兵以外にも国連、赤十字、イタリア軍など相次いで自爆テロに遭っている。もし彼らが派遣されることになった場合、それは遠い先ではないかもしれないが、日米同盟の維持という漠然としたもののために、命を落とすことの無いよう切に祈るばかりである。